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- 唐招提寺
記載の內容は、取材時のものです。料金?日時等が変更となっている場合がありますので、事前にご確認のうえ、おでかけください。
唐招提寺
(とうしょうだいじ)
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唐招提寺は、苦難の末に來日を果たされた唐の高僧?鑑真和上(がんじんわじょう)が、759年戒律を學ぶ人々の修行の道場として創建されました。當初は講堂や経蔵?寶蔵があるだけでしたが、8世紀後半、弟子によって金堂が完成。その荘厳な美しさは奈良時代の代表的な建築物として広く知られています。豊かな自然に包まれた靜かな境內には、平城京の面影をたたえる伽藍や仏像など、數多くの國寶や重要文化財があり、時を越えて多くの人々に愛され、また感動を與えてきました。
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- 南大門
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- 表情豊かな鬼瓦


1 経蔵<國寶>
寶蔵とともに並んで建つ、高床式の校倉(あぜくら)です。
唐招提寺創建以前の新田部親王邸の米倉を改造したものといわれ、唐招提寺で最も古い建造物であり、日本最古の校倉です。
獅子に乗った文殊菩薩(もんじゅぼさつ)と
善財童子(ぜんざいどうじ)?優でん王(うでんおう)?仏陀波利(ぶっだはり)?最勝老人(さいしょうろうじん)の4人の従者からなる菩薩が、仏教を中國から日本へと伝えようとする姿を描いた「渡海文殊(とかいもんじゅ)」と呼ばれる像です。
※文殊五尊像は、非公開です。


1金堂<國寶>
天空に跳ね上がるような美しい屋根のフォルム。
天平文化の香りを漂わせるその姿は、國寶の名にふさわしい荘厳な佇まいで訪れる人々を圧倒します。
堂內には、中央に本尊?盧舎那仏坐像、向って右に薬師如來立像、向って左に千手観音立像(いずれも國寶)が安置されています。
2鑑真和上坐像<國寶>
688年唐の揚州に生まれ、14歳で出家。各地で修行を積み、江南第一の大師と稱されました。
742年、遣唐使船で唐を訪れていた日本の僧?栄叡(ようえい)、普照(ふしょう)から、朝廷の「伝戒の師」としての招請を受け、渡日を決意。12年間に5回の渡航を試みましたが、いずれも失敗し、次第に視力を失うことになります。そして753年、6回目にしてようやく日本の地を踏まれました。以後、76歳までの10年間のうち5年を東大寺で、殘りの5年を唐招提寺で過ごされ、天皇を始めとする多くの人々に戒律を授けられました。
※拝観は、6月5日~7日のみです。
3 金堂鴟尾(こんどうしび)<國寶>
金堂の屋根に上げられていた2體の鴟尾のうち、
西側が天平時代、東は鎌倉時代の作。
※現在は新寶蔵に保管されています。
4蓮の花
鑑真和上が來日された際に、蓮根を持ち込まれた
ことから、開創以來、蓮を大切にしてきました。
約130の蓮鉢では6月中旬から7月下旬まで、
2ヶ所の蓮池では7月中旬から9月初旬まで、
美しい蓮の花が咲き誇ります。
※品種や気候條件により、開花時期は変動する場合がございます。


1鼓樓<國寶>
堂內の廚子には、仏舎利を収めた國寶の金亀舎利塔(きんきしゃりとう)が安置されています。「舎利殿(しゃりでん)」とも呼ばれています。
2講堂<國寶>
8世紀後半の建物。內部には、本尊彌勒如來坐像(重要文化財)、持國天?増長天立像(重要文化財)が安置されています。
3松尾芭蕉句碑
1688年俳人の松尾芭蕉が、鑑真和上像を拝した際に詠んだ句「若葉して御目の雫拭はばや」が刻まれています。
4戒壇
僧となるための授戒が行われる場所。建物は火災で失われたため、現在は3段の石壇だけが殘っています。1980年、壇上にインドの古い塔を模した寶塔が築かれました。



